本文へ
ここから本文です

エー・シー・イーの歩み

設立以前のイメージ画像

設立以前(〜1977)

システム作りが楽しくてしょうがない人の集団を作りたい

 代表取締役であり設立者である武次靖雄は、コンピューター技術者を商品と見ているかのような会社の経営に疑問を持っていました。 その中で武次は、「技術者と一緒になって育てられる会社、システム作りが楽しくてしょうがない人の集団を作りたい。」と考えるようになっていきました。 これがエー・シー・イーの原点です。

設立時の画像

設立構想(1977)

自らの手で会社を設立する、という目標

 実際に会社を設立しようとした時、武次は12名の人に声をかけました。最終的に設立段階まで残ったのは3人。 会社設立の手続きは武次のこだわりにより、すべて自分で役所を回り、会社作りを行うことに。これがとても貴重な体験だったといいます。

仕事風景・親睦会風景の画像

会社設立〜10周年(〜1988)

エー・シー・イー設立
順調に伸びた10年間

 1978年、5月。千葉市弁天町2にてエー・シー・イー誕生。 6畳と8畳、2間のマンションの一室からスタート。 1年目から新卒採用にこだわり、10年間で社員数21名、売上も1億1千万円に達し、順調に会社規模を拡大していきました。 この頃行っていた代表的な仕事は巨大ビルのビル管理システムや空港の離発着アナウンス・離発着場の空き管理システムです。 東京の会社の二次請けや三次請けが多く、千葉県内のユーザ企業と直接取引をすることが目標でした。
 また、1981年には社員の間から「社員同士の交流を大切にしよう」という声が上がり、親睦会が発足しました。 親睦会は若手が旅行やイベントを企画して社員同志の交流を深めるもので、今でも続いている会です。 親睦会を実施する裏には、高額見積書の発注方法や、リーダーシップ、人に物事を伝える力を習得するという目標も含まれています。

fax-ocrの画像

10年目〜20周年(〜1998)

パソコンを取り巻く環境の変化と不況
FAX-OCRの誕生

 順調に会社規模を拡大してきた中でのバブル崩壊による不況、また、コンピュータを取り巻く環境の変化により、エー・シー・イーも苦境に立たされます。 汎用機という企業の基幹業務で使われていたような大規模なコンピュータから、現在一般的に使われているWindowsなどのオープン系のシステムへの技術者の転換を余儀なくされましたが、社内にはオープン系のシステムを理解する人が少なく、転換は大変な作業でした。 この頃、他社製のパソコンシステムを販売していましたがどれもうまくいかず、不況を勝ち抜く自社商品を模索していたとき、FAX-OCRシステム「エントリーエース」が誕生しました。 「エントリーエース」は千葉市内の豆腐店が「FAXでの注文が多いが、それを直接パソコンに取り込めないか」と言った事がきっかけとなり開発され、現在でも弊社の看板製品となっています。

トレーサビリティシステム・食に関するシステムの画像

20年目〜30周年(〜2008)

トレーサビリティの立ち上げ

 「エントリーエース」は大手農業団体の牛乳受発注システムの受注獲得に成功。地元県内に基盤を置く鉄鋼大手や金融機関のシステム開発受注も順調に伸ばしました。
 また、豚のトレーサビリティシステム(生産履歴公開システム)の立ち上げに伴い、生産者や消費者が手軽に利用できるシステムや関連するホームページの制作を手がけてきました。 人の命の源となる“食”に関するシステム作りに力を入れています。

30年間の歴代パンフレットの画像

これから

創立40周年目に向けて
〜社員が創る会社にしたい!〜

 2011年末にエー・シー・イーは企業理念を一新いたしました。
「創造力を笑顔に、人の想いの輪をつなぐ会社」
これは、社員みんなで作成したものです。
 これからもずっとコンピュータ会社であり続けるために。 社員一人一人が創意工夫した会社創りに参加する企業であること。そして、千葉から世界中にITによる便利さや豊かさを発信できる企業であること。社員が日々成長しあうこと。 それが私たちエー・シー・イーのこれからの姿勢です。